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絵をはじめたきっかけ

17才の頃、僕は高専をやめて自宅で過ごしていました。これからどうするか。とりあえず、高校の卒業の資格は取らないとと思っていたので、通信制の高校の講義をテレビやラジオで受けてレポートを提出する、という日々を送っていました。それも1ヶ月にほんのちょっと勉強をすればできるもので、時間はたくさんありました。


大学ってどんなものだろう、とぼんやり考えてはいたので、引越ししてもそんなに遠くない北海道の大学のパンフレットや学校案内を取り寄せて見ていたりしました。美術は好きだったけれど、それをずっとやって行こうという気はなく、ただ、時間があったので、家の中にあるかごやりんごをスケッチブックに鉛筆で描いたりしていました。


とある日、いつも通り19時頃父が帰ってきて、新聞広告の切り抜きを渡してくれました。札幌の美術の予備校の広告でした。父は昔から絵を描いていて、美術の勉強を学校に通ってしたかったと、しきりに言っていたのを覚えています。


その後、朝4時か5時に起きて、苫小牧から電車で予備校に通う、という日々が始まりました。慣れない電車と札幌の地下鉄と街にワクワクしながら、デッサンの勉強を始めました。


ただ、そこにあるものを描きたい、ただそれだけなんだけどね。未来がどうなるかも考えずに、今こうやって絵がかけることに感謝して。

その後

2011年に埼玉から北海道の実家に帰ってきて、ボロボロになった体調は改善せず、精神科の病院に入院することとなります。当初は1カ月とかそれくらいで大丈夫かと思いましたが、症状はおさえられず入院は長引きました。病院には作業療法というのがあって、OT室という部屋で皆決まった時間に手芸や書道やものづくりをしたりして過ごす時間がありました。


そこで絵を描いてみたらと色鉛筆なんかを持ってきていた僕はリハビリに絵を描くようになりました。まずは身近な部屋の風景や、病院の周りにある植物を描いたり。


次第に画材は簡単な色鉛筆から水彩絵の具になり、油絵も描いていいよと許可が出たので、描いたりしてしていました。それまで実家の近くで撮った苫小牧の風景の写真があったので、iPhoneの小さな画面を見ながら冬の夜の街灯の絵を描き上げました。それまで絵の完成というと程遠く、未完に終わることが多かったけど、完成ってこういう物なんだなと掴んだものがありました。


思ったより出来が良かったのか、心のアート展という展覧会に出してみたらと勧められて、出品したところ最優秀賞をいただくこととなりました。それまで体調が優れないことが多く余裕もなくて絵に向き合ってこれなかったので、この入院は自分が変わる大きな財産となりました。何より好きだった絵がもう一度楽しんで描けるようになったから。


今はデジタルのイラストにスタイルは変わっていったけど、転機はこの経験で、今はその日に描ける物を探してして集中して一気に描き上げています。毎日完成を重ねることは自信になるし、目に見えないところで前進しているのは、1年前の絵と見比べたらわかるものです。たくさんのトライを試しながら可能性を探って、前に進んでいけたらいいなと思っています。



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